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日本の名城20選(9)・小田原城

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日本の名城20選(9)・小田原城

小田原城、今年リニューアルオープンしたばかり

 小田原城は中核部が二の丸総堀、三の丸総堀、総構堀によって三重に囲われた構造となっている。
 二の丸総堀は平地部及び八幡山古郭外周の堀が繋がったものである。三の丸総堀は近世城郭部の三の丸堀に加え、南側の天神山丘陵の尾根を走る空堀、そして最西端の小峰大堀切によって構成される。
 総構堀は小田原の町全体をとりかこんだ形で、海までも伸びて連続した空堀と水堀であった。
 
 北条氏は、居館を今の天守の周辺に置き、後背にあたる八幡山(現在の小田原高校がある場所)を詰の城としていた。
 だが、建築者は、不明である。 居館部については北条氏以前の大森氏以来のものとするのが通説であるが、大森氏時代にはより東海道に近く15世紀の遺構が実際に発掘されている現在の三の丸北堀付近にあったとする異説もある。

 3代当主北条氏康の時代には難攻不落、無敵のお城といわれ、上杉謙信や武田信玄の攻撃に耐えた。
 江戸時代に居館部が近世城郭へと改修され、現在の小田原城址の主郭部分となったが、八幡山は放置された。そのため、近世城郭と中世城郭が江戸期を通して並存し、現在も両方の遺構が残る全国的に見ても珍しい城郭である。

 最大の特徴は、豊臣軍に対抗するために作られた広大な外郭である。
 八幡山から海側に至るまで小田原の町全体を総延長9キロメートルの土塁と空堀で取り囲んだものであり、後の豊臣大坂城の惣構を凌いでいた。
 1614年(慶長19年)、徳川家康は自ら数万の軍勢を率いてこの総構えを撤去させている。地元地方の城郭にこのような大規模な総構えがあることを警戒していたという説もある。
 ただし、完全には撤去されておらず、現在も北西部を中心に遺構が残る。古地図にも存在が示されており、小田原城下と城外の境界であり続けた。
 明治初期における小田原町の境界も総構えである

住所 神奈川県小田原市城内6-1
アクセス JR東海道新幹線小田原駅から徒歩10分
営業期間 通年
営業時間 9:00~16:30(閉館17:00、時期により異なる)
休業日  12月の第2水曜休、12月31日~翌1月1日休
料金   入館料=大人410円、小人(小・中学生)150円/
     共通券=大人600円、小人(小・中学生)200円/
     小田原城歴史見聞館との共通券あり
カード利用 利用不可
駐車場  なし
電話   0465-23-1373
     小田原観光課城址公園係

美しく生まれ変わった『小田原城』

小田原旅行

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