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日本の名城20選(19)・松江城

旅行

日本の名城20選(19)・松江城

島根県・松江城

 松江城は、島根県松江市にあり、別名「千鳥城」と呼ばれています。

 天守は国宝に、城跡は国の史跡に指定されており、五層六階の天守閣の最上階からは、松江市内や宍道湖、大山まで望むことができます。

 動画には風通しのよい天守望楼の場面もあります。多分、夏は良い眺めと涼しさが満喫できたのではないでしょうか。

 しかし、その松江城も1873年(明治6年)の廃城令で天守を除く建造物は4円から5円(当時の価格)で払い下げられすべて撤去されました。

 天守も180円で売却されることとなりましたが、出雲郡の豪農や元藩士たちが同額の金を国に納めるかたちで買い戻され、保存されることになったのです
 
(参考:松江城ホームページ、ウイキペディア)


 二の丸には、御門・東の櫓・太鼓櫓・中櫓・南櫓・御月見(つきみ)櫓がありました。

 このうち、太鼓を打って時刻を知らせる太鼓櫓と中櫓、南東方面を監視するための2階建の南櫓の3基の櫓は、平成13年に約125年ぶり(明治8年取壊し)に復元されたのです。

地階にある井戸

井戸

 地階(穴蔵の間)は、籠城用生活物資の貯蔵倉庫です。

 中央には、深さ24メートルの井戸があり、北側にある池の底とほぼ同じ高さにあるので、枯れることなく常時飲料水が得られたそうです。

 井戸は今では全国的にも珍しいですが、水温が14~5度と一定しているため、夏は冷たく、冬は温かいくらいで重宝されたことでしょう。

敵に攻撃を加える、石落とし

石落とし

石落とし
 2階の四隅と東・西・北壁にある幅広い穴が石落としで、石垣に近づく敵に石を落とすようになっています。

 外部からは発見しにくいように構造物を利用しています。おそらく平時から石を運び込んで、いざという時に敵をめがけて落としたのでしょうが、タイミングが難しかったのではないかと推察されます。


 石垣築成集団を穴太衆(あのうしゅう)と呼んでいました。

 穴太とは地名(大津市坂本町穴太)で、この地には、中世から近世にかけ石垣の築成に優れた技能を持った達人がいました。松江城の石垣もこの「穴太衆」が招かれ築成したのです。

 野面積・・・自然石や割石を積む方法

 打ち込み接(はぎ)・・・石切り場で切り出した石の、平坦な面の角を加工し、合            わせやすくした積み方。

松江市開府の祖・堀尾吉晴

堀尾吉晴

松江市を開府した人

堀尾吉晴(ほりおよしはる)

 慶長5年(1600年)の関ヶ原合戦の後、出雲・隠岐両国を拝領した子の忠氏と共に、遠江国浜松(静岡県)から最初は月山富田城(広瀬)に入りました。

 ですから、NHKの大河ドラマ「真田丸」の真田幸村と同時代を生きています。直接顔を合わせたことがあったのでしょうかね。
 
 しかし堀尾吉晴は松江の地を大層気に入り、松江の将来性に着目して城地を移したのです。

 豊臣秀吉、徳川家康と二人の天下人に仕え、豊臣政権下では三中老の一人として功績を残しています。

 城普請の名人で、孫の忠晴を助け松江城と城下町を建設し、現在の松江市の礎を築いたのです。

(参考:松江城ホームページ、日本の名城100選、ウイキペディア)

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