桜を追う旅(19)男鹿半島はゴジラ岩が待ち構えていた

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桜を追う旅(19)男鹿半島はゴジラ岩が待ち構えていた

武家屋敷からゴジラに会いに

 角館の武家屋敷の最大の見ものは枝垂れ桜である。だが残念ながら、今回は少し早すぎた。待つ時間も惜しいから男鹿半島に回ることにした。

 その途中でまた秋田市内を通って驚いた。市内の桜が満開だったのだ。前日は3から5分だというのに。一日でこんなに開くものなのだ。

 男鹿半島の突端に行きたいと思った。予定のない旅行の気軽さである。東北地方の紹介雑誌を読んでいたら「ゴジラ岩」の紹介があった。うん、これは会っておかねばなるまい、松井秀喜に会うつもりで、と走る。

 現地へ50キロという地点で時計は5時。待てよ、札幌なら6時ころに日没だとしたら、こちらは少し遅いはず。1時間で行ければ間に合う、と読んでさらに走る。

 初めての所へ行くのにはカーナビはありがたい。地名がわかっていればなおさらだ。雑誌に出ていた地名を打ち込んでもっと走る。だが、それらしい看板がない。
 
 こういうときは地元の人に聞くのが一番だ。「札幌」ナンバーを見て驚いていたが、次の岬を回るとすぐだ、と言われた。

 やっと看板があった。砂浜に続く坂道を降りる。だがその先に案内板はない。そこらじゅう岩だらけだ。どうやって探す?。適当に行くしかあるまい。

 水が溜まってきている岩を超えながら考えた。これから満ち潮になるのだったら、下手すると帰り道がなくなるぞ。潮の流れを観察したら、どうやら引き潮のようだ。大丈夫これならいい、と渡り始めた。

 だがそれらしき岩影はない。陽はまだ20分は沈まないだろう。どうも違う方向のようだ、別の方へ行ってみよう。というと目の前に現れた。

 やっとお目にかかれた。なるほど火でも吐きそうな影だ。自然の造形力に感心する。

夕陽は嫌いと言った女の子


 ついでに日没までそこで夕日を眺めることにした。

 その時、ある女の子のことばを思い出した。

 「朝日は好きだけど、夕日は嫌い」という。理由は夕日のころになると母親が仕事に出かけて自分は家に残される。そんな寂しい思いがそう言わせたのだろう。朝は母親が家にいる、それだけで嬉しい思いだったのだろう。

 彼女のことばではないが、朝日は一日の始まりで活力がある。だが夕日にも明日への期待と一日を振り返る気持ちを生み出してくれる。と私は思うのだが、人それぞれに想いはあるのかもしれない。

 そして後から気がついたのだが、空には上弦の月がうかんでいた。つまり日没は満潮の時だったのだ。引き始めだったので、潮はあれ以上満ちることはなかったのだ。良かった。

 話は3時間ほど戻る。

 角館からの帰りに「ミズバショウ」の群生地というのを見つけた。行きは反対車線の向こうなので気がつかなかったが、帰り道は一望できたので車を寄せた。これはすごい、北海道でもこれだけのも見たことがない。それでも5分も見たら十分(じゅっぷんと読まないように)だ。

 八郎潟に向かう途中に「風の松林」という文字に引かれて寄ってみた。本当に松が全部同じ方向に曲がっている。きっと強風のためだろう。なるほど風の松林だ。

 そこでもそうだったが、ウオーキングをする人たちの姿がとても多い。いや、もしかしたら札幌にもたくさんいるのかもしれない。ふだん、6時に起きて街中を走ることはないから私が知らないだけかもしれない。

 それにしても多いなと思っていたら、「八郎潟調整池」の横を走る直線道路でキジのメスが横断して行った。

 彼女も体が重くて飛ぶのが辛いから、ダイエットのために歩いていたのかもしれない。


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